「ねぇ、先生?」
仄淡く照らされた、モノクロームの世界の中で
妖しく微笑む、白い少女。
――これは、夢だろうか?
そう
それは、あまりにも
現実味に乏しい光景だった。
◇
深夜の学び舎。
「ったく、何で今どき宿直なんか……こんなのは警備会社にでも任せておけば……」
その日、宿直当番となった彼はブツブツと独り呟きながら校舎を見回っていた。
いや、腰の引けた頼りない足取りやキョロキョロと落ち着かない目線、全体的に挙動不審なその様子は、宿直の見回りと言うよりはむしろ、不法侵入者のそれではあったが。
夜は暗い
夜は静か
夜は寂しい
昼間の喧燥とは打って変わり、深い海の底に沈んでしまったかのように、暗い静寂に包まれた広大な空間。微かに聞こえる幻聴は――否、通りを走り去る車の音か。
まるで、今この時、この場所だけが世界から取り残され、隔離されてしまったかのような。
異界さながらの、名状し難い不気味な雰囲気。
もしや、この世界では己こそが異物なのではないか――
そこまで考えて男は頭を振った。
――そんな馬鹿な話、あるわけ無いじゃないか。
不安のあまりあらぬ妄想を膨らませる己を戒めながら、校内の見回りを続ける。
ふと窓から外を見れば、青白く染まった中庭が見えた。
随分と――恐らく校内よりは――明るい。月が出ているのだろうか。
こうして見ると、海の中にでも居るようだ。
半ば呆けたように外の世界に見惚れていた、その時。
視界の隅を白い影が過ぎった。
「―――ヒィィッ!?」
ビクッと身体が震え、同時に悲鳴が洩れる。あまりにも情けない声が、人気のない廊下に木霊する。
「い、今のは……?」
わざわざ独り言を口にする事で、膨れ上がってゆく恐怖心を必死に誤魔化す。
今さっき、確かに、教室の方に白い影が見えた――ような、気がした。
気がした、だけか。気のせい、か。
恐る恐る首を巡らすが、それらしきモノは何も見えない。
視界に入るのは暗い廊下と、並んだ教室の扉。そして廊下の先に非常灯の明かりが小さく一つ。
目の前の教室は――2年D組。男が担任を受け持っているクラスだった。
そうと知れば幾らか気持ちも落ち着いて、冷静さを取り戻してくる。
そもそも廊下と教室を仕切る窓は曇りガラスなのだから、中の様子が見えるはずもない。
恐らくは、車のヘッドライトか何かが映り込んだのを白い影と見間違えた。
そうだ、そうに違いない。
教室の中に何者かが居るなんて事は――そんな可能性は、決して、無い。
何をビクついている、さっさと確かめてしまえ。
そう己を叱咤すると、教室の戸に手を掛け一気に開ける。
ガラリ、と。戸を開けるその音がやけに大きく響いた。
「ほら、何も居ないじゃ……か……っ」
そこで男は硬直した。
教室の奥。
月の光の射し込む窓を背に、影が立っていた。
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